大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 平成3年(ネ)98号 判決

控訴人・附帯被控訴人(一審被告)

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

鳥谷部恭

右訴訟代理人弁護士

田邨正義

湯沢邦夫

被控訴人・附帯控訴人(一審原告)

吉田稔

右訴訟代理人弁護士

越島久弥

主文

一  本件控訴に基づき、

1  原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は、第一・二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人(附帯被控訴人・以下「控訴人」という)

主文と同旨

二被控訴人(附帯控訴人・以下「被控訴人」という)

1  本件控訴を棄却する。

2  本件附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

3  控訴人は、被控訴人に対し、四五〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は、第一・二審とも控訴人の負担とする。

5  3、4項につき仮執行宣言

第二事案の概要

一争いのない事実

1  控訴人・被控訴人間には、普通貨物自動車(石四四め三一〇八・本件車両)につき、次のとおりPAP自家用自動車保険契約が締結されている。

(一) 控訴人は、保険付自動車による自損事故の損害につき後遺症が生じたときは、別表後遺障害等級表(別表)記載の各等級A欄に該当する後遺障害保険金を支払う(自損事故条項)。

但し、同一事故により右等級表第一級から第一三級までの後遺障害が二種以上生じたときには、重い後遺障害に該当する等級の一級上位の等級に定める金額を支払う。

(二) 控訴人は、保険付自動車の搭乗者が同自動車の事故により身体の傷害を被り、後遺症が生じたときは、保険金額(本件では一〇〇〇万円)に別表記載の各等級B欄に該当する支払割合を乗じた金額を支払う(搭乗者傷害条項)。等級の繰上げについては、右(一)但書と同様。

2  被控訴人は、本件車両を運転中次の自損事故(本件事故)を発生させた。

(一) 発生日時 昭和五八年八月一九日午前六時三〇分ころ

(二) 発生場所 金沢市西念町一〇〇の一番地先国道八号線路上

(三) 事故態様 被控訴人が本件車両を運転し、先行の二台を追い越そうとしたところ、先行車両も追越しをかけたため、逃げ場を失った本件車両が道路側面のコンクリート壁に激突した。

(四) 受傷 左大腿骨、膝蓋骨、肋骨等の骨折

3  控訴人は、被控訴人の後遺障害として、左膝関節の機能障害(後遺障害等級表第一二級(ト))、左下肢の四センチメートル短縮(同第一〇級(チ))、骨盤骨の変形(同第一二級(ホ))、胸部神経症状(同(ヲ))を各認定し、最も重い第一〇級の一級繰上げの結果九級と判定し、自損事故条項に基づく保険金として三六五万円、搭乗者傷害条項に基づく保険金として二六〇万円、合計六二五万円を被控訴人に支払った。

二争点

本件の争点は、被控訴人の後遺障害の等級、特に胸部の障害等級をどう認定するかである。

1  被控訴人の主張

(一) 被控訴人は、現在においても右第二ないし第五肋骨及び肋骨柄部骨折による偽関節状態のため、呼吸時に痛みが走るとともに、肺活量が少なくなっており、軽易な労務以外の作業に服することができないから、別表記載第五級(ハ)に該当し、これに左下肢の短縮等の障害による繰上げをすると、被控訴人の後遺障害の等級は、第四級に該当する。

(二) 控訴人の主張は争う。

2  控訴人の主張

(一) 被控訴人の主張は争う。

(二) 別表記載の「胸腹部臓器の機能障害」とは、胸腹部臓器そのものに損傷があり、これによって機能障害が現実に発生している場合をいうところ、本件で被控訴人は、胸部の痛みを訴えるものの、肺には他覚的な障害所見はない。

(三) 被控訴人の障害等級は、前記一、3判定のとおり、第九級に止まるものである。

第三争点に対する判断

一証拠(〈書証番号略〉)、原審証人馬場久敏、当審証人一前久芳、同木部佳紀、原審被控訴人本人〔一部〕、原審鑑定、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人(昭和一四年九月三日生)は、茶類の卸、小売業を営む北陸茶販株式会社の代表者であるが、昭和五五年二月から同年六月までの間糖尿病で入院していた。

2  被控訴人は、本件事故によって右血気胸、多発性肋骨骨折、左大腿骨骨折、尺骨・左膝蓋骨開放性骨折等の傷害を負って石川県立中央病院(中央病院)に収容され、同日以降昭和五九年二月二二日まで同病院に入院して呼吸器外科、整形外科で右傷害の治療を受け、退院後も同年三月から同年一〇月ころまで同病院外科・整形外科外来に通院した。被控訴人は、その後昭和六〇年一〇月まで病院の外科を訪れていない。

3  被控訴人は、昭和五九年一一月ころから疲労感があるとして、昭和六〇年六月二四日に中央病院内科外来で診察を受けた結果、糖尿病との診断を受け、同年七月一日から同年一〇月三一日まで同病院に入院し、その間、主に内科で糖尿病の治療(前記傷害の治療関係の入院は、一〇月八日から同月二二日まで)を行っていた。

4  被控訴人は、右退院後同年一一月五日から高田整形外科に入院し、治療を受けたが、入院中の同月一四日妻清子運転の車に同乗中交通事故にあった(別事故)。被控訴人は、別事故で腰椎捻挫を負ったとして、高田整形外科で引き続き治療を行い、昭和六一年一月二〇日に本件事故で退院扱いを受けた後、引き続き同年四月三〇日まで別事故による傷害の治療のために同病院に入院した。被控訴人は、別事故でも保険会社との間で障害の有無・程度をめぐって対立し、控訴人を含む複数の保険会社に対して保険料の支払いを求める訴訟を提起し、現在上告審で係争中である。

なお、右高田整形外科のカルテ上の記載では、被控訴人は、同病院に入院中は、入院当日の昭和六〇年一一月五日に胸部レントゲン撮影を受けたほかは、肺機能の検査・治療を受けていない。そして、右入院期間中はもっぱら糖尿病及び別事故に関する治療が行われた。被控訴人は、右退院後も昭和六一年七月一〇日まで糖尿病、同年九月二五日まで別事故の各治療のために、通院している。

5  被控訴人は、昭和六一年一〇月九日に中央病院で本件事故についての症状固定の診断を受け、これに基づき控訴人の査定(併合第九級)を受けたが、同査定を争い、平成元年四月の本件訴訟提起に至るまで、控訴人の査定事務所に合計五回異議申立てをしたが、いずれも棄却されている。

6  被控訴人は、糖尿病については、中央病院及び高田整形外科における入院治療の他、昭和六一年一一月二八日から昭和六二年一月一九日まで中央病院内科に、同月二三日から同年五月一一日までは安田内科病院にそれぞれ入院した。

7  被控訴人は、安田内科病院を退院後昭和六二年五月以降、金沢大学附属病院、中央病院、高田整形外科を順次訪れて胸部の痛み等を訴えて治療を受け、昭和六三年ころからは、もっぱらこれらの病院で肺機能検査を受け、拘束性肺機能障害の診断を受けている。被控訴人は、右診断で交付を受けた診断書を添付して右異議申立を行ったものである。

8  本件事故後主な被控訴人の肺機能検査の結果は、次のとおりである。

(一) 昭和六〇年九月三〇日の中央病院の検査では、努力性肺活量3.33l(標準値の88%・以下同様)、一秒量2.50l(82%)、一秒率0.74(92%)である。

(二) 昭和六一年一〇月九日の同病院の検査では肺活量1.49l(42.7%)、一秒量0.82l(23.5%)である。

(三) 昭和六二年六月一二日の同病院の検査では、肺活量・努力性肺活量とも1.72l(48.3%)、一秒量1.45lである。

(四) 同年七月一一日の同病院の動脈ガス分析では、酸素分圧が73mmHg、炭酸ガス分圧が37mmHgである。

(五) 同年九月一二日の同病院の検査では、肺活量0.86l(24.29%)、努力性肺活量0.85l、一秒量0.43l(12.15%)、動脈ガス分析では酸素分圧が68.5mmHg、炭酸ガス分圧が46.6mmHgである。

(六) 同月二九日の安田内科病院の動脈ガス分析では、酸素分圧が24.4mmHg、炭酸ガス分圧が61.7mmHgである。

(七) 原審鑑定のために平成二年六月一五日に国立金沢病院で実施した検査の結果、被控訴人は、①右側胸部痛(立ち上がり、右方の挙上、体動、呼吸時)、②左肘の疼痛(運動時)、③左手指の脱力、歩行時杖常時使用を訴え、その肺活量1.51l(43.64%)、努力性肺活量1.57l、一秒量1.34l、一秒率85.35、動脈ガス分析では酸素分圧が65mmHg、炭酸ガス分圧が22mmHgで、拘束性換気障害との診断がなされている。

9  現在、被控訴人には、右第二ないし第五肋骨に変形治癒骨折の跡があり、第二肋骨骨折部には、骨折部の癒合が不十分なために、同骨折部分が関節のように可動するという偽関節が生じているが、肺ないし胸部そのものには、右以外には、外傷ないし生理学上の意味における損傷はない。

また右第二肋骨骨折部の偽関節は、胸廓の伸展とは直接的影響の少ない部位であり、偽関節自体の痛みは、一般的にいって、骨折痛とは異なり、それほど強くまた鋭いものではないと考えられている。

10  北陸茶販は、本件事故以前は約六〇〇万円の年間純利益をあげていたが、被控訴人、その家族、北陸茶販は、その収入に比して多種・多額の生命保険及び損害保険契約を控訴人を含む複数の保険会社との間で締結し、同保険料の負担は、月額三〇万九五五一円に達していた。そして、妻(別事故で被控訴人とともに負傷したと主張する他、昭和五九年一〇月一一日及び昭和六二年七月一七日にも交通事故にあっており、別事件及び右昭和六二年の事故については、受傷の有無・程度を争い、控訴人を含む複数の保険会社に訴訟を提起している。)とともに、糖尿病、交通事故によってこれまでに多額の保険金を受領してきた。被控訴人が糖尿病で入院した昭和五五年二月以降被控訴人夫婦が保険会社から受領した保険金の総額は、一億円を超えている。

二以上の事実関係に基づいて、本件事故による被控訴人の障害の程度について判断する。

1 保険制度の趣旨、約款については客観的・一律的な規定の解釈を行う必要があること、その公益性から行政官庁による解釈の通達が発せられていること等に照らせば、本件契約が支給を定める別表記載の身体の障害のうち、機能障害については、他覚的に認識できる客観的な障害が存在することが必要であると解釈されるべきである。したがって、本件契約における別表第五級(ハ)、第七級(ホ)、第九級(ル)記載の「胸腹部臓器の機能に障害を残」した場合も、文字通り、事故によって同臓器そのものに他覚的な損傷・障害を残した場合に限られると解すべきである。

そこで、これを本件についてみるのに、前記認定に照らせば、被控訴人は、本件事故による肋骨等の骨折によって肋骨に偽関節を形成しており、呼吸時に痛みを覚えることはありうるとしても、右障害はいまだ肺そのものに損傷がある場合とはいえず、別表記載の「胸腹部臓器の機能障害」があるとは認められない。

2  被控訴人は、偽関節の形成によって呼吸が制限され、その結果肺機能が低下するという障害を負っており、しかも同障害は、軽易な労務以外の労務に服することができないほどに重大である旨主張し、原審における被控訴人本人は右に沿う供述をする他、証拠(原審被控訴人本人、原審鑑定)によれば、被控訴人は、本件事故によって石川県から身体障害者三級の認定を受けたこと、前記のとおり、拘束性肺機能障害との診断書が作成され、原審鑑定においても同旨の判断がなされたことが認められる。

しかしながら、石川県による右障害者認定の経緯は明らかではないうえ、前記認定の他、証拠(〈書証番号略〉、原審証人馬場久敏、当審証人一前久芳、同木部佳紀、原審鑑定、弁論の全趣旨)によれば、

(1) 呼吸は、あくまでも被検者が自力で行うものである以上、肺活量の検査は、被検者に指示して、自発性を高めたうえで肺活量を測定する方法(努力性肺活量)はあるものの、結局はどれだけ呼吸をするかという被検者本人の努力の程度によって成績が大きく左右されること、

(2) 拘束性換気障害とは、実測肺活量が標準値の八〇パーセント以下に減少しているが、その一秒率が正常(標準値の七〇パーセント以上)であるものを指し、肺機能の数値に基礎を置いた診断名であるところ、昭和六〇年九月三〇日の被控訴人の肺機能検査結果は正常であり、同障害を認めることはできないこと、

(3) ところが、昭和六二年九月一二日以降の前記検査結果は、正常人の二分の一ないし四分の一の肺活量を示し、寝たきりの重篤な患者に匹敵するほどであり、被控訴人の健康の実態とは符合しないこと、

(4) 原審鑑定のための検査は、国立金沢病院内科呼吸器科医長の木部医師の指示した技師・医師が実際に実施しているが、木部医師は、被控訴人本人の訴え及び検査成績を聞いて、これが真実であることを前提に検査値を記録し、同鑑定を実際に作成した同病院整形外科医長の一前医師も、同検査結果を前提に鑑定書を作成したものであること、

(5) 右肺機能検査の際には、被控訴人の受検状態を尊重・信頼して、特に被控訴人が真実努力して検査を受けているかどうかの詳細な調査・監視まではなされなかったこと

が認められる。

そうすると、昭和五九年一〇月以降本件事故による傷害の治療を行っておらず、本件事故後二年以上経過した昭和六〇年九月三〇日の時点において、当時骨折の治療が終了してほぼ正常人の肺活量のレベルに復した旨の検査結果が得られた被控訴人が、その後身体に特段の変化がないにもかかわらず、昭和六一年一〇月九日を始め、その後の検査において、前記のとおり急に機能を低下させたとは、にわかに理解できない。また、証拠(〈書証番号略〉)によれば、被控訴人は、中央病院を退院後同病院に通院していた昭和五九年四月ころの診察の際には、呼吸困難はない旨医師に説明していることが認められる。

結局これら事実及びその後の数値の変動、特に動脈ガス分析の数値の変動の状況に照らせば、原審鑑定を含め、前記昭和六一年一〇月九日以降の検査結果は、被控訴人の心因的な要因が作用した可能性がありうるといわなければならない。

しかも前記のとおり、被控訴人には、(1)北陸茶販ないし自己の収入に比して異常に多種の保険契約を控訴人ら保険会社との間で締結し、年間多額の保険料を支払い、これまでに交通事故、疾病によって多額の保険金を受領してきた(被控訴人は、このように多種の保険契約を締結することになったのは、保険代理店が重複を承知で執拗に契約勧誘をし、保険会社も契約締結を拒否しなかった結果であり、被控訴人ら側に責められるべき点はない旨主張するが、右のような締結状況を保険会社に帰責させることはできない。)こと、(2)その結果、被控訴人は、少なくとも一旦交通事故が発生した場合には、負傷に伴う保険金の受領について、多大の関心を抱いていたと推認でき、現に、本件事故についても障害等級の査定に対して五回も異議申立てを行っていること、(3)本件事故による傷害以外にも、糖尿病等の疾病を理由に長期間入院していること、の各事情も存するところであり、その他本件に現れた諸般の事情をも勘案すれば、結局診断書の記載及び被控訴人の訴えにもかかわらず、本件事故による被控訴人の肺機能の障害が現在客観的に見て、被控訴人の主張する別表記載第五級(ハ)はもちろん、同第七級(ホ)、第九級(ル)所定の障害に該当するとも認められない。

原審被控訴人本人の供述中右に反する部分は採用できないし、当審証人木部佳紀の証言、原審鑑定の結果も左右しない。

3  もっとも、当審証人一前久芳の証言によれば、一般論としては、肋骨に傷害を受けた患者が痛み等から傷害後自ら呼吸を抑制するということを続ければ、肺機能が活用されないという理由から、肺の機能それ自体が衰えてしまうこともありうることが認められる。

しかしながら、前記認定によれば、そもそも被控訴人については、その主張するような肺機能障害は認められないうえ、偽関節自体の痛みはそれほど強度のものとは考えられないし、本件事故後四年以上も入退院及び通院を繰り返すという前記認定の被控訴人の本件事故後の生活状況に照らせば、仮に被控訴人につき右のような機序で現在肺機能が低下し、あるいは心因的な原因から肺が正常に機能しなくなったとしても、これを本件事故に起因する機能低下であるとみることはできない。

右認定も前記結論を左右するものではない。

4  結局、以上の諸点に照らせば、被控訴人の胸腹部の障害は、別表第一二級(ヲ)記載の「局部(胸部)に頑固な神経症状を残すもの」に該当するに過ぎないと認められる。

三このように、被控訴人の胸腹部の障害等級は第一二級であるから、前記争いのない事実に照らすと、被控訴人の後遺障害は、下肢の短縮障害第一〇級(チ)を一級繰り上げた第九級に相当すると認められる。右に反する被控訴人の主張は、採用できない。

したがって、被控訴人が本件保険契約に基づいて控訴人に対して請求できる金額は、前記事案の概要一、1(一)、(二)により合計六二五万円であるところ。被控訴人が同金員をすでに受領していることは、当事者間に争いがないから、被控訴人がさらに控訴人に支払を請求できる金員はないことに帰着する。そうすると、控訴人の本件控訴は理由があり、被控訴人の附帯控訴は理由がないから、これと結論を異にする原判決は相当ではない。

第四結論

よって、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して被控訴人の本件請求及び附帯控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 横田勝年 裁判官 田中敦)

別表後遺障害等級表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例